遺言書原本が公証役場で保管される公正証書遺言と異なり、自筆証書遺言は遺言者自身が自己責任で保管しなければなりません。どこでどのように保管してもいいのですが、実際にはかなり頭を悩ませる問題でしょう。
自筆証書遺言の保管に関して考えなければならないのは、次の2点です。
(1)他人による改ざん、破棄、隠匿などのおそれを極力排除すること
(2)相続発生時に、遅滞なく遺言書の存在が明らかになること
(1)に重きを置いてあまりにも見つかりにくいところに保管をしてしまうと、相続発生後も誰にも発見されずに終わってしまうという可能性があります。また、(2)を重視して簡単に見つかるところに保管しておくと、生前に関係者に中身を見られてしまい、改ざん、破棄、隠匿されることにもなりかねません。
この2点を両立させることは矛盾するようにも思えますが、各々の事情に合わせてうまくバランスを取りたいものです。
具体的な保管場所については、一般的には以下のような場所が考えられます。
生前に遺言書を見られて干渉される危険を避けるためには、基本的には自宅外での保管の方が無難でしょう。
そこで、まず考えられるのは、銀行などの貸金庫に保管する方法です。ただし、貸金庫での保管は、相続発生後の開扉にあたって、(1)被相続人の除籍謄本 (2)被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本 (3)法定相続人全員の戸籍謄本及び印鑑証明書 などが必要になってくるため、手間がかかる上に、原則として相続人全員が立ち会わなければならないなどのデメリットがあります。また、貸金庫に遺言を保管していることを誰にも伝えていなかった場合は、遺言書が必要な時期にうまく利用できない可能性が出てきます。
相続人のうちの1人に預ける場合は、遺言の内容に不満を持つであろうと思われる相続人は避けるべきです。改ざん、破棄、隠匿の可能性があるからです。では、一番財産をたくさん相続することになっている相続人に預かってもらえばいいかというと、実はそうとばかりもいえません。なぜなら、この相続人が無理やり書かせた遺言ではないかとか、この相続人が偽造したものではないかと、他の相続人から疑われる可能性があるからです。自筆証書遺言は、作成時の証人がいないため、ただでさえその作成過程に疑いを持たれやすい遺言方式です。そういう意味では、相続人の1人にこれを預けることは疑いを増幅させることにもつながりかねませんので、できれば避けた方がいいでしょう。
信頼できる友人・知人などに預けておく場合には、遠方に引っ越してしまったり、先に友人・知人が亡くなったりするケースも考えられ、その際に、預けていた遺言書を必要に応じて入手できるかどうかという点で不安が残ります。
最も安心できるのは、遺言執行者に指定した第三者に預ける方法ではないでしょうか。ただし、その場合には、死亡時の連絡方法などを事前に整えておかなければ、やはり遺言書が必要なときに利用できない可能性があります。信頼できる相続人の1人などに、遺言書を第三者に預けている旨を事前に伝えておき、相続発生時には遅滞なくその第三者に連絡をするように依頼しておくなどの手配が必要です。
なお、作成した自筆証書遺言は、封筒に入れても入れなくても法律的に問題はありません。封筒に入れた場合も、封印はしてもしなくても遺言の有効性とは何ら関係がありません。ただし、相続発生時までの保管のことを考えると封筒に入れておいた方が望ましいですし、偽造・変造の可能性を低くするためには封印までしておいた方がベターだといえます。
相続が発生すると、自筆遺言書の保管者又は発見者は、未開封のままの遺言書を家庭裁判所へ持込み、「検認」という手続きの申立てを行わなければなりません。これを怠ると5万円の過料に処せられます。また、検認を経ていない自筆証書遺言では、銀行預金の解約や不動産の名義変更などといった手続きができません。従って、遺言者としては、相続人が相続発生後に勝手に開封することのないように、封筒の表に「遺言書」と記載するとともに、裏には「遺言書の開封は家庭裁判所に提出して行うこと」といった記載をしておくことをお勧めします。